2013年4月14日日曜日

優しく軟弱な物語 村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」読了

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上 春樹

文藝春秋 2013-04-12
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※本書のネタバレを含みます


 読了後、「ずいぶんと明るいラストだ」、と思った。今までの村上春樹作品は、わけのわからないまま宙に飛ばされるような読後感のものが多かったからだ。読後感が良かった。
 本作の序盤は「喪失」から始まる。そしてラストは「希望」を感じさせられる。分かりやすい易しいゴールデンストーリーだ。珍しいなと思った。


 物語は「喪失」から始まる。
 主人公の「多崎つくる」は高校時代に仲の良い5人グループに属していた。そして、その4人全員から突然かかわりたくないと拒絶を受ける。理由もなく。そしてその出来事を今も引きずっているのだとガールフレンドから指摘を受ける。
 誰かに突然拒絶される経験は誰しも持っているだろうと思う。そして過去の傷が後々の人格形成にかかわってくることも往々にしてあることだろうと思う。
 村上春樹の喪失の物語と言えば代表作は「ノルウェイの森」だろう。あれは、死による喪失だが。私たちは皆過去の傷を抱えて生きていくのだ、という物語はたくさんある。
 が、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」はそのパターンに進まなかった。

 多崎つくるは過去の4人と1人づつ会うことにする。そして詳細は省略するが、4人がそれぞれ多崎つくるを拒絶せざるを得なかった事情が明らかになっていく。誰も多崎つくるを拒絶せず、ずっと多崎つくるを大事な友人だと思っていたと思い出話をする。皆が多崎つくるとの思い出―――正確には、5人で過ごした日々、を大切に思っていた。最後の一人との対話など、いささか美化しすぎでセンチメンタルな感じもする。
 都合が良すぎやしないか? 私はそう思った。
 だって現実はそんなに都合良くないからだ。過去の傷と対峙して納得のいく理由が見つかるなんてそうそうないだろう。あるか? いやないだろう。
 誰かに傷つけられた、けれどそれにはやむをえない事情があった。それを許して、誰かと新しい関係を築く第一歩を踏み出す勇気を手に入れた。そんなチープな虚構めいた物語に感じた。
 4人が多崎つくるを拒絶した理由も本当に納得いくものか、と言われれば私はそうでない気がする。そして、その一番のキーパーソンである人物は死んでしまっていて本当の真相は誰にも分からないのだった。

 けれど、一番大切なのはリアリティではないのだろう。大切なのは、多崎つくるの人生に対する混乱が癒え、また人と対峙する気持ちが生まれた事だ。
 これは「癒し」の物語なのだと思う。
 過去の傷を癒し、未来へ向かう虚構の物語だ。
 私は、それを「優しい」と感じた。これは心の弱い人向けの物語ではないか、とも。しかし今の時代にその虚構こそが求められている気がする。
 多崎つくるは恵まれている。それは傷を受けながらも結局は優しい人に囲まれているからだ。傷を受けたけれど、相手も同じように傷ついていて、弱くて傷つけない選択ができなくて、それはやむをえない事情であり仕方の無いことだった。そして半分は「気の持ちよう」だ。真実のわからない事は良い方向に解釈してしまっている。それが本当に正しいかどうかは関係なく。
 繰り返すが、一番大切なのは、未来に向けてまた人と関わりを持ちたいと思うかだ。そしてその気持ちは過去が大いに影響する。それは「気持ちの問題」だ。

 著者は、この物語を通じて「また人と関わり合いたいと思う気持ち」を届けたかったのはないかと勝手に思う。多崎つくるの様に過去に囚われて本当の意味で生きていない私たちに向けて。
 個人的には愛とか絆とかいうメッセージは好みではないし、村上春樹の持ち前の不可解な世界観が影をひそめた事を残念にも思う。しかし、村上春樹がこの時代(震災後初、だ)にこの物語を書いたのは大きな意味があると感じる。
 優しくて弱くて切ない、けれど希望が生まれる、そんな物語だと思った。


 これが第一感想なのでまた別観点から感想を書くかもです。